ますかれーど
姿を現したその人は、黒い燕尾服のボタンを1つ止め、背の高いシルクハットを目深に被っていた。

その黒いシルクハットからは、白いウサギの耳が出ている。


「ウサギ‥」

「そ。ウサギ」


白い手袋でハマっているヒールを引っこ抜き、ゆっくりと近づいてくるその人は、顔の上半分だけを隠す黒いファントムマスクをしていた。


「はい、掴まって」


ワタシの前に跪き、履かせてくれた白いパンプス。


「そんなヒールの高い靴なんか履くからだよ」


仮面で隠してもわかる。大きな紺色の瞳が微笑んでる。

それは愁いでもなく、希望でもなく、ましてや感動でもない。

‥そんな不思議な輝きをしていた。


「何で此処にいるの?」

ーー‥っそれは


「もしかして、俺に会いに来てくれた?」


声が詰まる。言葉の紡ぎ方を忘れてしまったみたいだ。


「はは。なら嬉しいんだけどな‥」


後ろに手を組んだまま笑うあなたは、今、何を思ってる?


「あの‥っ」


ほら、ワタシも笑わなきゃ。何を躊躇うの?


「ワタシ‥ね、」


ねぇ、上手く笑えてる?


「君に会いに来たんだよ」


笑顔なんてカンタン。


「……ふーん」


ーーゾクリ
背筋が凍っ‥た?

彼が一瞬、生徒会長と対した時の、あの冷たい瞳をした気がしたんだ。

でもそれはすぐに消え、弓形に細めてワタシを見てる。

気のせい‥だった?


「座らない?」


彼が指さしたのは赤いベンチ。


「うん」


そう言って月明かりの下を2人並んで歩き出した。その時、


「痛っ」


靴を履き直した方の足が痛いことに気がついたんだ。


「見せて?」


再びワタシの前に跪いた彼。


「ココ?」

「うっ」

「あはは。ごめん」


履き慣れないこのお洒落なパンプスは、ワタシの踵に傷を作っていた。


「けっこう痛そうな靴擦れだよ?」

「けっこう痛いカモ」


ズキズキズキズキとするそれは、気づいてしまえば更に痛みを主張する。


「しょうがないなぁ」


すると突然、身体がふわりと浮き、ワタシの視界は彼でいっぱいになった。


「ちょっ、やめ‥」

「暴れないでよ。落とすよ?」


お姫さま抱っこなんて、すごく恥ずかしくって。


「重いし」

「軽いよ、心太は」


久しぶりに呼ばれるその名前に、キュ‥っとなった。
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