ますかれーど
流れ始めるは、穏やかなテンポのワルツ。

低音が響くチェロに、曲をリードするヴァイオリンが加わった。


大人な雰囲気が漂うこのラストダンスに、次々と男性が女性の前に跪く。

彼も、そう。


ワタシの前に跪き、右手を取った。そして‥



「俺と、踊ってくれませんか?」



黒い仮面のウサギは、その奥に憂いの瞳を見せる。



「はい。喜んで」



嬉しそうに笑う無邪気な顔。久しぶりに見た。



「行こっ」



手の甲にそっと唇を落とし、ダンスフロアへと誘うウサギ。




‥懐中時計が、チクタクと鳴ってるの。




ワタシは気付かなかった。この時はまだ‥。


彼の笑顔には“愁い”が混じっていたの。



なんで‥なんで気付いてあげられなかったのかな。

彼と一緒に居ようって、
彼を愛そうって、

そう‥決めたハズなのに。



「心太♪」

「ん?」

「楽しもう?マスカレード」

「うんっ♪」



ワルツのステップは少し苦手だったけど、彼はそんなワタシを完璧にリードしてくれる。


男の子なんだなぁとか、華奢に見えて意外と筋肉質なんだなぁとか、そんなこと‥考えてた。



「何?」

「え?何が?」

「俺の顔ばっか見てる」



なんだか急に恥ずかしくなって、



「ダンスなんだから、当たり前でしょっ」



ぷいっと下を向いた。



「顔、真っ赤だよ♪」



クスクスと笑う彼とのダンスが楽しくて、



「うるさいっ」



そう言いながら、彼の手をぎゅっと強く握った。




彼の香りに包まれながら、くるくると回るラストワルツ。

それは、メリーゴーランドのようーー‥



「背、伸びたね」

「そう?」

「うん」

「そういえば、心太がちっちゃくなったかな」

「ちっがーう。やっぱり伸びたんだよ」

「ふっ」

「ははっ」



2人で笑い合いながら話をするなんて、あの日以来‥なんだよね?



深紅の絨毯の上で、紺と蒼が踊ってる。

それぞれ黒とピンクのおめかしをして。




でもね、ほらそこに





紅が、真っ白な仮面をつけながら



ずっとずっと

ーー‥見ていたの。





私の胸元には、

キラリと

サファイアが光ってる。


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