ますかれーど
--麗花side--
「無防備だよね。寝てる時って」
こいつは、とても優しい声で呟いた。
着ていた上着を心にかけ、そっと真っ黒な髪を撫でる。
「‥泣いてるね」
「ん。泣いてる‥」
零れ落ちる涙は、こいつの膝に色濃く染みを作っていた。
「あんたには‥苦労かけるね」
「ふっふふ‥」
「なによ」
「おばあちゃんみたいですよ、そのセリフ」
さらさらと風が流れて、チクタクと時を刻む。
「良いんだよっ。あたし、心のお姉ちゃんだからさ」
「麗花さんの方が、誕生日遅いでしょ?」
「ん。でも、心はあたしの妹なんだよ」
暦の上ではあたしの方が遅いんだけどさ、放っとけないんだ。いつまでも。世話を焼きたくなる。
「あの人も‥そう、思ってますか?」
こいつの言う“あの人”は、そう‥あの人。
「わかんない」
「解らない?」
「そ。あの人のココロは、確実に心に向いていた。でも‥」
いつからだろう。
あの人もまた、自らの手でココロを砕いた。
「俺が‥いけないんですよね。俺さえ居なかったらーー‥」
長いウサギの耳を垂らし、とても愛おしそうな声で、とても悲しそうな声で、そう言葉を紡いだ。
「あんた‥」
その行動も、その言動も‥それは全て、まるで一刻の終焉を受け入れるかのようだった。
「心はさっき、俺のコト‥好きだって言ってくれました」
ーー風が‥冷たい。
「心は、嘘がヘタですね‥」
そう、この子は嘘がとてもヘタ。
必ずーー‥
「「瞳が泳ぐ」」
「あ‥」
「ふふ。やっぱり」
あたし‥解る。
こいつの気持ちも、やろうとしていることも。
なんて、なんて悲しい選択ーー‥
「麗花さん、俺……引っ越すんです」
「え?」
「母の伝手で、イタリアへ」
「いつ!?」
「‥明日」
‥明日になれば、こいつはいなくなってしまう。
向こうに永住するんだって。もう‥会えないに等しいじゃないか。
「麗花さん、お願いがあります」
両目を覆っていた黒い仮面を外し、その深い紺色の瞳であたしを真っ直ぐに見据える。
そしてーー‥
「心があの人へと歩き始めたら、このサファイアも、あの香水瓶も‥投げ捨ててください」
「……分かった」