ますかれーど
爽やかな風が通り過ぎる5月。

季節は梅雨へと向かってゆく。



「ふぁぁ。緑と青が落ち着く‥」



高校に入って2年。

夏休み前の生徒会はとても忙しくって、担任のおやじはいつまで経ってもアナログ人間で。

私は1日が終わると必ず、学校の中のこの中庭に来るんだ。


数え切れないくらいの色とりどりの花。

この花たちを護るように中庭を囲む、背の高い落葉樹たち。

茶色のレンガが敷き詰められた道。

白い百葉箱。


そこに‥赤いベンチが1つ。



空は、とてもとても広くて‥だんだんと茜色に染まってゆく。



「しーん! 居るのーっ? 心(シン)ちゃーん」



私の名前を呼ぶのは、私が最も“私”を作らなくても良い存在。



「れーいかぁー。こっこだよーぅ、紅澤(アカザワ)さん家の麗花さぁーん」

「やっぱりここに居たか。ってか、人をフルネームで呼ばないでもらえます?」



ふふふと笑う、恐ろしく美しく整った顔。艶やかで長い紅茶色の髪に、誰もが振り返るスラッとしたスタイル。

こんな美人の幼なじみがいるなんて、あたしゃ鼻が高いよ。



「心、帰ろっ」

「ねー麗花」

「ん?」



私の鞄を持ち上げた麗花は、その綺麗な顔を私に向ける。



「また、1日が終わってく--‥」

「うん」



1日が終わってく。

毎日、毎日、同じ。


寝て

起きて

学校に行って

勉強して

仕事して

部活して

帰って--‥




生活の輪廻。

そのメビウスの輪は、崩れる事を知らない。



「麗花‥」

「何さ?」



麗花は優しい。


私は茜色の空を。

麗花は質問を続ける“私”を見ていた。



「私はちゃんと“ここ”に居る?」



いつも、同じ質問。



「--っ、‥居るよ」



いつも、同じ応え。

麗花は座ってる私をぎゅっと抱きしめながら、いつものように声を震わせる。


きっと、顔を覗いたら‥泣き出しそうなんだろうな。


いつからだろう?

私が“私”を見失ってしまったのは。



わからない。




 
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