ますかれーど
その影は、いつもの私みたいに三角座りをして、小さく小さくなっていた。


コツン‥コツン。


私が目の前に立つと、スッと顔をあげた彼。

その真っ黒な髪の毛から、水が滴り落ちていく。



「雨の中‥ずっとここに居たの?」



そう問うと、彼はその幼さの残る綺麗な顔を無邪気に崩して、私に笑いかけた。



「来てくれたんだ」



彼があまりにも嬉しそうに笑うから、なんとなく胸がぎゅってなった。



「これ、使って」



鞄からタオルを取り出して渡すと、彼は小さくなっていた身体を伸ばした。



「これ、銀崎先輩の匂いがする」

「、っ!!やっぱり返して!」

「やだ♪」



立ち上がって腕を伸ばす彼の手にあるタオル。

私より少し背の高い彼に、私が届くはずはなくてーー‥



ーーぎゅっ



「ごめん‥」



いきなりふわっと抱きしめられた私。耳元で聞こえる、悲しそうな声。

雨に濡れた彼がとてもとても冷たくて、少し震えてるのが分かる。



「あんな目に‥あわせるつもりじゃなかったんだ」



強くなる、彼の腕。



「ただ、仮面を砕いてしまえば楽なんだよって。そう言いたかっただけなんだ」



楽?うん。確かに、楽になったかもしれない。



「傷つけるつもりじゃなかったんだ。信じて」



少し身体を離して、私の瞳を真っ直ぐに捉えながら言った、
『信じて』の言葉。


その紺色の瞳には、いつものような妖しさなんてなくって‥なんか、捨てられた子犬みたいに必死だった。



「大丈夫だよ。確かに、楽になった。ありがと」



まるで、怯える子をなだめるように優しくなった私。

彼の背中をポンポンと叩いて“大丈夫”を伝える。


彼の瞳には、だんだんと安心の色が見えてきた。
ーーでも、



「怪我‥したって?」



あ、やっぱり知ってるんだ。



「ん?うん」

「どこ?」



私の身体を上から下まで見回した彼は、また心配そうな顔になってる。



「口の中」



口の中の傷は、治りが早いと思う。まだ痛い時もあるけど、普通に喋れるし。



「口、開けて?」



私は何も考えずに口を開けてみせた。

今までの怯えた子犬のような彼に、油断してたんだ。

『口、開けて』

そう言った時の彼の瞳を見なかった、私の‥所為?



「んっ‥ぅ」
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