ますかれーど
「‥心」



小さくなってく2人を眺めたまま、横に立っていた彼が私の名前を呼んだ。



「何?」


右上を見ると、夜に染まってゆく空の光で、影になった彼がいた。



「クロトは、ただの幼なじみ‥だよね?」



幼なじみ‥それ以外に、何があるの?



「‥うん」



私がそう返事をすると、ニコッと無邪気な笑みを浮かべた彼は、ぎゅっと私を抱き締めた。



「どう‥したの?」

「ううん。なんでもない♪」



ぺり‥



「ーーっ!!」

「これ、はずしとこうね♪」



あの無邪気だった笑顔は、いつの間にかニヤリと妖しさに溢れ、

その手には、ヒラヒラと絆創膏を持っていたんだ。



「あ、来た来た!」

「心ちゃーん!今日はこっちー!」



手を振って呼んでくれたのは紅澤夫婦。



「ふーん‥あんたが心の初彼氏か」



まじまじと上から下まで眺めた優花さん。



「優花‥見すぎ。ごめんね?えっと‥」

「あ、千秋です」



彼はにっこりと笑い、それに応じるように紅澤夫婦も笑顔で返した。



「なかなか良いんじゃない?ね、みぃ」



優花さんは、後ろに座っていたお母さんに言葉を投げる。

大きなお腹を抱えながら、穏やかに笑っていたお母さんは、



「うんっ」



と、明るく答えてくれた。そしてーー‥



「今朝は大丈夫だった?怪我‥してない?」



美しく、優しい声。
お母さんのこの声は、天使みたいに凛と鳴るの。



「大丈夫です」

「ごめんなさいね?でも、解ってもらえて嬉しいわ」

「はい。ありがとうございます」



穏やかに流れてゆく2人のこの雰囲気。

でも、私には入ることが出来なかった。


今日もまたバーベキュー。

玄は、拓弥さんとお父さんと一緒に、ずっと料理してた。


私たちの‥私の方なんて、1度も見てくれなかったの。


ねぇ、玄?
気まずいなんて‥嫌だよ。




日も暮れ、闇が覆う夜。

月はか弱く、猫の爪みたいに細く細く輝いていた。



「じゃぁな、蒼」

「今回も、怪我のないようにね?」



と、紅澤夫婦。



「行ってらっしゃい、蒼さん。お土産よろしくねっ」



と、麗花。するとーー‥



「「行ってらっしゃい、蒼さん」」


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