ますかれーど
ハモって聞こえた高い声と低い声。

声を出した本人たちは、お互いを見ることはない。



「クロ、来い」



呼ばれてお父さんの横に立った玄は、何かを耳打ちされていた。

そして玄を解放したお父さんは、続けて



「ちびっ子、来い」



って呼んだ。

ーーーー‥誰?


ハテナを出してるのは、私と麗花だけ。

‥何で?



「その呼び方、いい加減ヤメて下さいって‥」



そう苦笑しながらお父さんの横に立つ彼。


ーーえ?

お父さんは、彼の事を知ってるの?


私の隣へと帰ってきた彼は、ふふっと笑って手を繋いだ。


紅澤家の門前には、いつの間にか黒いスモークの車がとまってる。


あ‥


お父さんーー‥



お父さんが車に近づくと、いつも見るマネージャーさんが後ろのドアを開けた。

私たちに背中を見せて、ゆっくりと歩いていくお父さん。



「蒼!」



私の左横に並んだお母さんは、その美しい声でお父さんを呼んだ。

くるりと振り返ったお父さんの蒼い瞳は、優しい優しい色をしていたと思う。

お母さんだけに向けられる、特別な瞳の色。



「行ってらっしゃい」



優しい優しい、お母さんの声。

いつも見ていた寂しそうなお母さんの背中‥今回は、見えなかった。


すると、そっ‥と背中に触れた温かい手。ふっと左を見ると、お母さんが私に笑顔を向けていた。

その真っ黒な瞳は、
「今だよ」って言ってるような気がしたんだ。



「あ‥お父さん‥」



視線を上げて声を出すと、

お父さんは、お母さんに向けていたはずの優しい瞳を崩すことなく、私を見ていた。


なんだか‥すごく緊張する。



「ーーあ‥えと、」



なんで‥すぐに出てこないんだろう。

言いたい、たった一つの言葉が‥喉につかえて出てこない。


すると、ふわっと私の頭を撫でた大きな手。

この香り‥後ろに誰が立っているのかすぐにわかった。



落ち着いていく、私の心臓。


はぁー‥


大きく息を吐いて。

私は真っ直ぐに、私と同じ、蒼い瞳を見た。

ーーそして





「行ってらっしゃいっ」





すると、

その整った綺麗な顔は、ニッコリと私に微笑んだ。



ーー‥え



そして何事もなかったかのように、車に乗ったお父さん。


お父さんが

笑ったーー‥

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