坂井家の事情
「さやか、テメーのせいで昨日は酷い目にあったんだからな!」

「は?」

「響に変なことを吹き込んだろ」

「変な?……何のことよ」

話が全く見えなかった。

眉を顰めながらジャージの袖を捲ると、さやかは腕を組んで考え込んでいた。

「俺のムスコを叩けば倒せると教えたことだよ」

「息子?」

ますます言っている意味が分からない。

顔全体にクエスチョンマークでも付けているかのように、眉間に皺が寄っている。

そんなさやかにもどかしさを感じた悠太はついに切れ、

「だから響に、俺のキンタマを殴れと言ったことだよっ!」

と、自分の股間を指差しながら大声で怒鳴っていた。

一瞬で教室内が静まり返る。

先程まで各々お喋りをしていたクラスメイトたちも、皆こちらを注目していた。

変声期前の悠太の声はよく響くので、教室の隅々まで行き渡ってしまったのだ。

「そういえば響がこの前『悠太に喧嘩で勝ちたい』と言ってきたから、もしかしたらそのようなことを答えたかもしれないわね」

だがさやかは顔色一つ変えず、冷静な声である。

その態度が悠太の頭へ益々血を上らせる。

「『もしかしたらそのようなことを答えたかもしれないわね』じゃねぇ! 惚けるな!!」

「! ちょっとあんた、変な物真似しないでよ」

ここで急に赤くなったさやかは、焦りながら周囲を見渡していた。

声真似が妙に似ていたので、クラスのあちらこちらからクスクス笑いが聞こえてきたのだ。
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