坂井家の事情

中編

担任から呼び出される場所で真っ先に思い浮かぶのは職員室、というのが世間では定番であろう。

しかしそこは今朝から生徒の出入りを禁止していた。

何故なら中間テストが1週間後に控えているからだ。

問題作成担当教師の殆どが、そこで作業をしているのである。

「おら、さっさと働けよ」

綾子の気合いを入れる声が、進路指導室内に響いていた。

室内は一般教室の半分程しかない空間で、低い天井まである大きな書棚が壁に沿うように所狭しと置かれている。

一応この部屋は「進路指導室」ということになってはいたが、どちらかと言えば「資料室」という役割のほうが大きかった。

それにこういった場所には普通、パソコンの1台くらいは置いてありそうなものである。だがそのようなハイテク機器類は一切置いていなかった。

何故なら、それを確保するだけのスペースがなかったからだ。

それでも部屋の中央には折り畳み式の小さなテーブルが、二つ並べられている。

その上には本や書類、ファイル等が乱雑に積まれていた。

テーブルの周囲にはパイプ椅子が三つほど備え付けられており、その内の一つに座ってふんぞり返っている綾子の姿は、まだ20代半ばとは思えないほどの貫禄があった。
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