坂井家の事情
(くそぅ、さやかのヤツめ!)

背後で聞こえてくる会話に文句を言ってやりたかったが、寸前で我慢した。

先程負けた手前、ただの負け犬の遠吠えにしかならないような気がしたからだ。

「さやか、そろそろ行こう!」

教室の出入口から、女生徒の明るい声が聞こえてきた。さやかはその場で直ぐに返事をすると、

「あんた、私が見ていないからってサボるんじゃないわよ」

そう釘を差しつつ荷物を持ち、そのまま出ていった。

悠太は即座に視界から、完全にさやかが消えたことを確認する。

「よし、今のうちに」

持っていた黒板消しを粉受けの中へ、そっと置こうとしたのだが。


「悠太、まさか逃げる気なんじゃないだろうな」

背後からその手を掴む者がいた。

「今度は僕がさやかの代わりに、見張っているからな」

川上圭吾(かわかみけいご)が眼鏡の奥で、不敵な笑みを浮かべている。
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