坂井家の事情
「俺は後から話を聞いただけなんだけど、確か連れ去られそうになったんだっけ?」

「しかもそれを止めたのがさやかだったと、僕も直接本人から聞いたぞ」

二人は口々に言うと、先を促すように悠太へ顔を向ける。

その視線を受け取ってしまった悠太は、渋々といった様子で口を開いた。

「俺だってその時のことは、あまりよく憶えていないんだよ。
気づいたら犯人が地面に伸びていて、さやかが目の前に立っていたことくらいさ。
でも物凄く怖かったことだけは、何故か今でもはっきりと記憶にあるんだよな。
それに母ちゃんが俺に女物の服を着せなくなったのも、その後くらいからだったし」

どうやら悠太の頭中には『恐怖=女装』という図式が、そのままインプットされてしまったらしい。

幼い頃に体感した経験や感情は、成長過程を経ても尚多大な影響力を及ぼすものなのだ。

「なのにさやかのヤツ、俺の一番嫌がることを知っているくせに、あんなことを言いやがって」

絶対に俺への嫌がらせだ、などとブツブツ文句を言いながら、心底口惜しそうに顔を歪ませた。

「そんなに嫌なら、勝てばいいだけの話だろ」
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