坂井家の事情
5時限目が始まる直前――。
「ヒサク?」
教室の前で、その言葉を悠太は訊き返した。
「比作(ヒサク)ってなんだ? 昔の人の名前か?」
瞬間、圭吾が凍りついたようにも見えたのだが、直ぐに何事もなかったかのように口を開いた。
「つまりさやかに勝つための方法――必殺技を教えてやろうと言っているのさ」
それを聞いた途端、悠太は困ったように眉を顰める。
「俺、今は金なんか持ってないぞ」
「おい……何でいきなりそこで金の話になるんだよ」
「だって」
「なあ」
悠太と大輔は互いに顔を見合わせた。
そして。
「圭吾がタダで教えてくれるワケないだろ」
二人ともピッタリな呼吸で、見事にハモったのである。
「お前ら、僕を一体何だと思っているんだよ」
眼鏡の位置を少し直しながら顔を引きつらせる圭吾。二人はキョトンとした表情で、そんな彼を見詰め返した。