坂井家の事情
「自分が阻止した」とさやかは言っているが、実は周囲の者たちは皆、その話に疑問を持っていた。

本人には口が裂けても言えないが、大輔も同様である。

当時の自分たちはまだ、年端も行かない年齢だったのだ。相手は大の大人である。いくら強くても、当時の彼女が勝てるはずはない。

それに目撃者もいなかった。

後から駆け付けたさやかの兄たちや犯人でさえ、一瞬のことで何も見てはいないという。

勿論嘘を付いているとは思えなかった。人一倍正義感の強い彼女がそのようなことを言うはずがないのは、大輔には分かっていたからだ。

だからこの話を聞いた者たちは一様にして、さやかが何か勘違いをしているのだろうと思っていた。

犯人が自分で転倒したのを見た彼女が、倒したのは自分だとずっと思い込んでいると思っていたのである。

あれから8年は経過しているのだ。

人の記憶というものは、年月が経てば風化されていく。

幼い頃の記憶では特に、より曖昧な記憶(もの)へと変化していくはずである。

しかし。

(もしあの話が、本当のことだとしたら?)

先程のさやかの『手を抜いていた』発言で、大輔はそのようなことを考え始めていた。

(そしたらあいつ、5歳の頃には既に「大人の男」を倒していることにならないか?)

背中には何か、冷たいものが走っていくような気がした。

(ははは…まさかな。某柔道マンガみたいなことが、実際にあるわけないってぇの)

大輔は一応否定しつつも、さやかとは今後一切絶対に殴り合いの喧嘩をしないぞ、と心の中で固く誓うのだった。
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