坂井家の事情



「ホント、すいません先輩。そんなわけで今回は、勘弁してやって下さい」

1年2組の教室前の廊下。

吉澤斗真(よしざわとうま)は両脇をキッチリと締め、定規で正確に計ったかのように腰を折り曲げていた。

「なんだよ、後輩のくせに俺の頼みを断るっていうのか。
ここで面白そうな試合をやっているって聞いてきたから、折角来てやったのによ」

前に並んだ男子生徒3人の内、真ん中にいる生徒が不機嫌そうな顔で文句を言っていた。

「この埋め合わせは後で必ずしますから、今回だけはホント、申し訳ないッス!」

斗真は罪悪感一杯の顔を近づけながら、再び謝罪の言葉を述べている。

無意識のうちにリキんでしまっているためか、目を見開いたままで前のめりになっていた。

しかも3人の生徒たち全員が思わず後退ってしまうほどに、迫力のある形相をしていたのである。

彼らは文句と不満そうな表情を抱えてはいたのだが――特に斗真と話していた生徒は
「後でお前だけ個人的にしごいてやるからな!」
という捨て台詞を残しつつも――それ以上は責めもせずに、そそくさとその場を立ち去っていった。

自分たちが1年相手に不本意ながら怯んでしまったことで、バツが悪くなったのかもしれない。
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