坂井家の事情
彼らの背中が階段の陰に隠れるのを見送った後で、斗真はようやく安堵の息を吐いていた。今になって一筋の汗が頬を伝っていく。
それを少し離れた場所から見ていたのは、同じクラスの亀岡雅昭(かめおかまさあき)だった。
清掃用のモップを抱えつつ、扉の前で柄に寄り掛かりながら、彼らの遣り取りをただ傍観していただけである。
そんな雅昭だったが、ここで斗真へ声を掛けた。
「なぁ、トンマ……あ!」
直ぐに慌てて口を押さえる。が、斗真の動きのほうが素早かった。躱す間もなく瞬時に頭を捕えられてしまったのだ。
「貴様……中学ではその名で呼ぶな、つったろうがっ!!」
「あははっ、悪りぃ」
雅昭は特に悪びれた様子もなく軽い調子で笑っていたのだが、その間にもアイアンクローのほうは、ジワジワと脳天を締め上げていっている。
同様に斗真の血走った目も恐かった。
普段から目付きが悪いため、彼のことを知らない者たちからは外見だけで『不良』というレッテルを貼られがちである。
おまけに、最上級生に引けを取らないくらいのガタイの良さである。
当然入学早々目を付けられ、ヤンキー風の上級生たちに校舎裏まで呼び出されたこともあった。
しかし殴られ蹴られても、防戦一方で抵抗もせず、自分からは全く手を出さなかった。
腕力は見かけ通りにあったのだが、それを自ら使用したことが一度もないのである。
何よりも『暴力』そのものが嫌いだった。だから今まで喧嘩自体をしたことがない。
小学校から一緒だった雅昭はそれを知っているので、脳天に激痛が走っていても、相変わらず顔が恐いと感じていても、先程の先輩たちとは違って全く怯まなかったのである。
それを少し離れた場所から見ていたのは、同じクラスの亀岡雅昭(かめおかまさあき)だった。
清掃用のモップを抱えつつ、扉の前で柄に寄り掛かりながら、彼らの遣り取りをただ傍観していただけである。
そんな雅昭だったが、ここで斗真へ声を掛けた。
「なぁ、トンマ……あ!」
直ぐに慌てて口を押さえる。が、斗真の動きのほうが素早かった。躱す間もなく瞬時に頭を捕えられてしまったのだ。
「貴様……中学ではその名で呼ぶな、つったろうがっ!!」
「あははっ、悪りぃ」
雅昭は特に悪びれた様子もなく軽い調子で笑っていたのだが、その間にもアイアンクローのほうは、ジワジワと脳天を締め上げていっている。
同様に斗真の血走った目も恐かった。
普段から目付きが悪いため、彼のことを知らない者たちからは外見だけで『不良』というレッテルを貼られがちである。
おまけに、最上級生に引けを取らないくらいのガタイの良さである。
当然入学早々目を付けられ、ヤンキー風の上級生たちに校舎裏まで呼び出されたこともあった。
しかし殴られ蹴られても、防戦一方で抵抗もせず、自分からは全く手を出さなかった。
腕力は見かけ通りにあったのだが、それを自ら使用したことが一度もないのである。
何よりも『暴力』そのものが嫌いだった。だから今まで喧嘩自体をしたことがない。
小学校から一緒だった雅昭はそれを知っているので、脳天に激痛が走っていても、相変わらず顔が恐いと感じていても、先程の先輩たちとは違って全く怯まなかったのである。