坂井家の事情
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《吉澤斗真の事情》
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「あ、山崎。ちょっと待ってくれ」
山崎翼が黒板に書かれている文字を消そうとしていると、背後から呼び止める声がした。吉澤斗真である。
「もう少しで写し終わるから」
「そうか。じゃあ、待ってる」
カリカリ、ゴシゴシ、カリカリ、ゴシゴシ、カリカリ、ゴシゴシ……。
「………………」
しばらく待っても書き終わらない斗真。それに痺れを切らした翼が、ノートの中を横から覗き込んだ。
そこには印刷でもしたかのような文字が、ビッシリと並んでいる。先生が板書したものよりも、遥かに綺麗な文字だった。
しかし斗真はその文章に対して、書いては消しを繰り返している。そのため、なかなか書き終わらないようだ。
翼は疑問に思って訊ねる。
「別に間違えているわけでもないのに、なんでそんなに消してるんだよ」
「ああ。どうもこの文字の形が気に入らなくてな」
「………………」
(写し間違いじゃなくて、形のほうが重要かよ)
斗真は見かけによらず、几帳面な少年だった。