坂井家の事情
背中まであるストレートの長い黒髪を、エプロンとお揃いのオレンジチェック柄のリボンで束ねている。

二十歳台前半で今年保育士になったばかりだが、品の感じられる端正な顔立ちと柔らかそうな雰囲気が全身から醸し出されているような、正に「優しそうな保母さん」という姿を絵に描いたような女性だった。

園児たちにも一番人気のある先生である。

悠太もそんな遥香に逢えるのを毎日楽しみにしていた。彼にとって彼女は、憧れの女(ひと)でもあるのだ。

「はるかせんせぇ〜♪」

響と律が甘えた声を出しながら駆け寄り、抱きついた。

更に響は腰を落とした遥香の胸の谷間に、そのまま顔を埋めている。

(……お前ら、羨ましすぎるぞ)

彼らの母親は物心つく頃には、もうこの世にはいなかった。故に二人は無意識のうちに、母の温もりを求めているのかもしれない。

その事情は悠太が一番よく分かっていたのだが、二人が遥香のふくよかな胸を思いきり揉みながら顔を擦り付けているのは、少しやり過ぎではないかと思った。

とはいえ、それはまだ5歳児だからこそ許される行為でもあるのだが。
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