プリンな彼女


夢中でパソコンの画面に向かっていたけど、ふと時計を見ると22時を回ろうとしていた。
そろそろ、終電の時刻よね。
真紀ちゃんは、どこに住んでいるのかしら?

「真紀ちゃん、家はどこ?終電に間に合わないと困るから、もう帰っていいわよ」
「でも…」
「後はあたし達に任せて。もう半分以上できてるし、残りは今までのよりすぐにできると思うから」
「そうだな。新井もこう言ってることだし、山本さんは帰った方がいいよ」

なかなか帰ろうとしない真紀ちゃんに、稲葉も帰るように促した。

「わかりました。では、お先に失礼します」
「遅いから、変なヤツには十分気をつけてね。なんかあったら、すぐ電話するのよ」
「そうだな、新井と違って山本さんは可愛いからな」
「何それ」

あたしが口を尖らせて稲葉を睨みつけたけど、完全無視。
───この男、ムカつく。

「はい。駅まで親に迎えに来てもらいますので、大丈夫です。それでは、お疲れ様でした」
「お疲れさん」「お疲れ─」

稲葉とあたしは真紀ちゃんを見送ると、作業の続きを始めた。
周りを見るとフロアに残っているのは、稲葉とあたしの二人だけだった。
自分たちのいるところ以外は、電気も消されて物音ひとつしない。
響いているのは、二人のキ─ボ─ドを叩く音だけだった。
不意に入社して配属されたばかりの頃を思い出す。
あの時も稲葉と二人きりで、こうやって残業していたんだっけ。

「ホレ、少しは休憩しろよ」

稲葉は、そっとあたしの前に缶コ─ヒ─を差し出した。
ちゃんと砂糖とミルクの入ってるやつ。
この男は悔しいけど、あたしが昔からコ─ヒ─はブラックでは飲めないのを知っている。

「サンキュウ」

それを受け取って、プルタブを開ける。
ひと口含むと、コ─ヒ─の苦甘い味が口の中に広がった。
稲葉は空いている隣の席に腰掛けると、足を組んで自分のブラックの缶を開ける。
彼は、あたしと違ってブラック派だった。
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