プリンな彼女
「お前、俺たちが入社したばかりの頃のことを思い出していただろ」

───この男はどうして、こんなに鋭いのだろう?
まるで、あたしの心の中までお見通しというくらいに。

「そう、あの時もこんなふうに二人で残業してて、こうやって稲葉がコ─ヒ─買ってきてくれたのよね」
「なんか、すごい昔のことみたいだな」
「だって5年も経っちゃったんだもの。当たり前よ」
「そうだな」

───5年かぁ。
もう、そんなに経っちゃったのよね。
毎日一緒にいて、同じ時を過ごしていたせいか全く気にしなかったけど、お互いいい歳になっていたのよね。
稲葉はコ─ヒ─を飲み干すと「じゃあ続き始めるか」、そう言って自分の席に戻って行った。
それから暫くの間、またキ─ボ─ドの音だけが響きわたっていた。



「あぁ、終わったぁ」

あたしは両手を思いっきり頭の上に揚げると、大きく伸びをした。
窓の外を見れば、いつの間にか暗闇から薄っすらと太陽の光が見えている。
あぁ、もうこんな時間になってたのね。

「俺も終わったぁ」

後ろで稲葉の声が聞こえる。
あたしはゆっくり席を立つと窓際に行って、今まさに昇ろうとしいている朝陽を眺めていた。

「すっかり、朝になってたんだな」

知らぬ間に隣に稲葉が来てそう言った。

「徹夜なんて、いつ以来かしら?『お前だったらすぐ終わるだろ』なんて、すっかり騙されたわね」
「ごめん。あの時はああでも言わないと、手伝ってくれなかっただろ?でも、新井でなかったら絶対間に合わなかったな。ほんとありがとう」

いつになく稲葉の真面目な言い方にあたしは少し照れながらも素直に返すことができなくて、わざとおちゃらけるように言ってみる。

「感謝してる?」
「してる、してる」
「なんか、心がこもってな~い」
「スッゲ─、感謝してるって」

お互い顔を見合わせて笑い合った。
こうやって稲葉と笑うのも久しぶりだったのだと改めて思い出した。

「お腹、空いたわね」
「俺も思った」

そう言えば昨日の夜は食べる暇がなかったから、お昼から何も口にしていなかった。
それは、稲葉も同じことで。
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