プリンな彼女
「これなんだけど、今日中にまとめなければならなくて───新井、聞いてるか?」
「え?きっ、聞いてるわよ。それで?」

実際は、あんまり頭に入っていなかった。
っていうか、あんなふうに言われると余計に意識しちゃうじゃない。
今まで全く気にならなかったのに書類を指し示す手がゴツゴツしていてすごく男っぽいとか、微かに香る自分があげたトワレとか…。
そして、時折あたしを見つめる時の優しい目とか…。
気になりだしたら、キリがない。
少しずつ自分の中で大きくなっていく稲葉の存在に戸惑いながらも、どうしていいのかわからなかった。



「ほれ、ごめん。こんなので」
「ん、なぁに?」

結局、残業は確定で現時点では何時に帰れるのかはわからない。
とはいっても、今日中にというか、まぁ明日の朝までにはどうやったって終わらせなければならないのだから、徹夜覚悟で頑張らなければいけないんだけど。
そこへ稲葉が持って来たのは白いビニ─ル袋で、中に入っていたのはサンドイッチとプリンだった。
相変わらず、3個買って来るのはなぜなのかしら?

「ありがと。プリン?それにまた3つも」

もらっておいてなんだが、「はい、1つあげる」とあたしはこの前と同じように稲葉の前に袋から出したプリンを1個差し出す。
彼は「ありがとう」とやっぱり同じように受け取って、それがなんだかおかしかった。

「何か、おかしい?」

稲葉には何であたしがクスクスと笑っているのか、わからないみたい。

「だって、この前も同じことしたなって思って」
「あぁ、そうだったか?」

わざととぼけたような言い方をしている稲葉だったが、これはわざと。
祐里香が1つくれるのを期待してやっている。
自分で買って食べるより、なぜか彼女にもらう方がいいと思ってしまう。
自腹なのに…。

「もうっ、おじいさんみたい。でも、稲葉はあたしより3つも年上なんだもんね」
「なんだよ。オジサンを通り越して、おじいさんかよ」

不服そうに言う稲葉が、やっぱりおかしいかも。
またまた、クスクスと笑い出すあたしに言い返す言葉もなく呆れ顔だ。
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