プリンな彼女
せっかくのプレミア試写会の誘いだったのに勝手に電話を切ったのは悪いと思うが、『代わりに稲葉が連れて行って』と言った言葉に嘘はなかったはず。

「知らなかったんですね。祐里香さんは中川さんという人に誘われて、いつもと違って断れなかったみたいなんです」
「そっか」
「いいんですか?稲葉さんは、祐里香さんがあの人と映画を見に行っちゃっても」

それ以上何も言わない稲葉に真紀は、詰め寄るような形で言い返す。
余計なお世話かもしれないが、どうしてもこれだけは言っておかないと気が済まなかったのである。
真剣な眼差しでじっと見つめる彼女に稲葉はふっと微笑むと、力強くはっきりとこう言った。

「いいわけない」

そうこなくっちゃ、稲葉さんっ!!
ここが会社だということをすっかり忘れて思わず真紀はそう叫びそうになったが、なんとか抑える。

「稲葉さんっ」
「ありがとう、山本さん。教えてくれて」
「18時に駅で待ってるって、言ってました」
「わかった」

俺には結構大胆なことを言うくせに、何で中川にはちゃんと言えないかな───。

もう一度、山本さんありがとうと礼を言うと、どうやって阻止するか…。
稲葉は仕事どころではなくなり、調べものをするフリをして明日のことを考えるのだった。

+++

───ちょこっと中川君と映画を見るくらい、いいわよね?
別に稲葉にバレなければいいわけだし…。
それに付き合っているわけじゃないんだから、問題もないはず…。

実際はそうかもしれないが、なんだかすっきりしないのは自分が一番良くわかっていた。
あたしって、こんなに優柔不断だったなんて…。

あ~ぁ、でもなんか気が乗らないかも…。
中川君のことは嫌いじゃない、彼だってカッコいいから人気もあるし、優しいし…。
だけど、何かが違う。
約束の時が段々迫ってくると、そんな思いが一層強くなってくる。

「新井、悪いけどこれ今日中に仕上げて欲しいんだ」
「えっ、今日中?」

時計を見れば、5時になろうとしているところ。
この時点でこんなものを頼まれたら、絶対約束の時間になんて行けるわけがない。
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