プリンな彼女
「その辺に座って、テレビでも見てて。すぐ作るから」
「あぁ」

稲葉はス─ツのジャケットを脱ぐと、フロ─リングに敷いたラグの上に腰を下ろす。
男の人が家に来るなんて、かなり久し振りかも。
だいたい、一度あたしの手料理を口にした人は、二度とここへは来ないわね。
きっと、稲葉も今夜が最初で最後になるんだわ…。

初めにご飯を炊いて、これは無洗米だからバッチリなのよ。
次は、野菜を洗ってから切ってと…。
炒め物だから、ダイナミックにね。

「おい。いくら何でも、それ大き過ぎだろ」
「うわぁっ、急に声掛けないでよっ!手を切るところだったじゃないっ」
「ごめん、大丈夫だったか?それにしても、随分とまぁ大胆な包丁捌きだなと思ってさ」
「気が散るから、向こうに行ってて」

隣でごちゃごちゃ言ってる稲葉の背中を押すと、再びテレビの前に座らせる。
───いつの間に稲葉のやつったら、側に来てたのよ。
あぁ~びっくりした。
ったく、神出鬼没なんだからぁ。

まぁね、稲葉の言うように大き過ぎよね?この野菜。
切ったキャベツを手にとって目の前に掲げると、ちょっと大きい気もするが、炒めれば縮むし。
みたいに自分に言い聞かせると、危なっかしい手捌きで野菜を刻む。
その間にお鍋に湯を沸かして、お味噌汁作り。
これは一か八か、出汁入り味噌で何とかするしかない。
自分では味覚が変だっていう意識はないんだけど、なんでかちょうどよくならないのよね。
一緒に乾燥わかめを水で戻して、油揚げは湯通ししてっと。

フライパンを火に掛けて油を敷いて熱し、お肉を入れて軽く火が通ったら、今度は野菜───。

「うあっ~っ~」
「何だよ、大声出して。今度は、ほんとに手を切ったのか?」

あたしがあまりに大きな声を出したものだから、稲葉がびっくりしてすっ飛んで来た。
手を切ったのではなく、水切りをよくしていなかった野菜をフライパンに入れたものだから、油が跳ねたのよ。
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