プリンな彼女
「お弁当、上手く出来たと思うんだけど」
「どれどれ」

重箱まで用意したのか、二段重ねになっているそれの蓋を開けると色とりどりの綺麗なおかずに目を奪われる。
稲葉が教えたと言っても、ここまでできるようになったのは本人の努力があったから。

「あのね、このだし巻き卵から食べて?」

「自信作なの」と言われた通りに稲葉はそれを口にすると、お世辞抜きで本当に美味しくて。

「どう?」
「美味いよ」
「ほんと?」
「あぁ、俺だってここまでできないからな」

料理が得意の稲葉にでさえも、これはちょっと作れない。
ふんわりしていて、だし汁がじわっと口の中に広がる。

「他のも、食べてみて」

祐里香は無意識なんだろうが、稲葉を覗き込むようにしているものだから、そっちが気になって食べる方に集中できない…。
………とは、気付いていないんだろうなぁ…。

「どう?」
「美味いよ。今日で、料理教室は卒業だな」
「えっ、ほんと?やった!ありがとう、稲葉っ」

いきなり首に抱きつかれて、こんな嬉しそうな顔を見せられては、稲葉も抑えるのが大変で…。

「じゃあ、乾杯しよ?」

あたしは持って来た甘酒をコップに注いで、その一つを稲葉に渡す。
ちょうどその時、彼の手にしたコップの中に桜の花びらが舞い落ちた。

「あっ、桜の花びらが」
「えっ、どれ?」

稲葉のコップを覗き込もうとすると、あたしは彼に強く腕を引かれて胸に抱き寄せられた。

「ちょっ、稲葉っ離して。こぼれちゃうでしょ」
「ごめん、でもちょっとだけこのままでいて」

目の前に好きな子がいて…もう、我慢なんてできそうにない。

「稲葉…」

───あたしの方が、胸に飛び込むはずだったのに…。
でも、稲葉の胸は大きくて、温かくて、心地いい…。

どれくらい、そうしていたのだろう。
稲葉が名残惜しむように祐里香から体を離そうとしたのだが…。

「新井?」
「稲葉が、好きなの」

………空耳か?
『好きなの───』
そう、聞こえたような…。
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