迷姫−戦国時代
昨夜美羽達が訪れた家に男がいた
男は障子を開け、部屋から手入れされている草木の庭を眺めていた




「・・・長かったの」



己か、はたまた誰かに問い掛けているかの様に呟けば、暫し沈黙が時を流れた


「そうだな」


何処からか声が聞こえれば男は微笑んだ


「お主には何度感謝すればいいか分からぬ」

「何を言っておる。儂は掟を守ってるだけだ」

「儂等も昔はあの祭を甘んじていた。だがお主に会い、命を何度となく狙われ続け・・・。そこで初めて己の甘さに気づかされたのじゃ」



その言葉に返答は無かった。だが男は最初から分かっていた様で、目を伏せ己の掌の中にある”物”を見つめた




「あの娘さんには、悪い事をしたの」

男は物を動かしたりしてみれば、もう一人の男の動揺を感じとった


「お主も初めから分かってた筈じゃろ。娘さんは狛津に惚れるとな。・・その結果若い二人は真実を知らされずに一人は死に、片方は正気を失った」

「だが儂等一族は、あの最後の唄を、覚悟のない者には弾かせぬと遥か昔から守り続けた誓いを守っただけだ」

「祭が終わり、初めて二人だけに知らされる真実を、もしあの時・・・」

男はもう一人の事を思い口を閉ざす


「お主の娘を、我が国の為にくださり、ありがとう」


彼の昔、命を狙い狙われた身の二人は真実を知り、蟠りも解ければ今はただ穏やかな時を過ごすようになっていた

あの時儂が釘を刺さなければ今頃あの二人は・・・もうよそう、あやつは前に進んでるのだからの


「我等の絆は途切れぬ事を・・美しい花をありがとう、我が友よ」

手元にある菫の木彫りを空中に投げれば、それは落ちてこず一つの気配が消えていた


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