迷姫−戦国時代
聞き覚えのある声に美羽はすぐさま反応した
「貴方はあの時の・・・!」
障子の横に腰をおろし此方を見ている見覚えのある姿。否、忘れもしない男の姿に美羽は目を丸くした
切れ長の奥に潜む鋭い柳鼠(やなぎねずみ)色の瞳に鼻筋は高く、短く刈り上げられた黒色の髪の男を。
不意に柳鼠色の瞳と合わさった時にこの男がどれだけの人々を殺めてきたか容易である。否、この男は人を人と認識してないように感じる
「千紫の姫とは十年振りか。ほらな、俺が言ったとおりだ」
腰を上げ美羽へと近寄ってくる男に美羽は後退った
「私をどうするつもりなのです」
「・・・どうするもこうするも」
「何を・・・!あっ」
男はとうとう美羽の前へと歩みより、腕を掴み勢いよく後ろへと美羽は押し倒された
その上から男の左手に握られているクナイを美羽の喉元に近付けた
「俺達はこれから浬張に向かう。いいか、お前は捕虜されたんだ。分かっ・・・」
不意に男の言葉が遮られ柳鼠色の瞳が美羽の双眼と目が合わさった
美羽は恐怖を押し込め平生を繕っていたが男の不可解な行動に眉をひそめた
そして男は次にはとんでもない事を口にした
「お前は、本当に千紫の者なのか?」
その問い掛けに理解が出来なかった。何故この者はそんな事を口にしたのかなど
「私は生まれも親も千紫の者でございます。冗談はよしてください」
男は暫く黙った後、クナイを戻せば障子の方へと歩いていく
「また少し経ったら次へと向かう。逃げようと考えるなよ」
そう言い残し去って行った後ろ姿を美羽は黙って見ていた
仰向けの体勢から座り直した美羽は俯いたまま涙を流した
「みんな・・・」