狂愛ゴング
「お前……ほんっっと面白いな」
……なに、が?
新庄は自分の顔を隠して笑いを堪えながら言葉を発する。
なにが起こってる?
「じょーだん、じょーだんじょーだん!」
ぱっと手を離されて新庄はくすくすと笑いながら、ラブホテルの中には入らずにそのまま私から離れていくように歩く。
「お前なんかを、抱くわけねえだろ?」
背を向けたまま、私の心が分かっているかのように話す新庄。
「お前が焦った顔、おもしれえなあ」
こっちむけよ。
なにひとり勝手に私を見ようともせずに歩くの。
目を見ろよ。
見て欲しくない。
だけど——見ろよ。
私を置いて歩いて行く新庄。私を見ることもなくただ投げかけられる言葉。
いつもは、私の目を見て笑うじゃない。
いつもはもっと、冷たい言葉をバカにしたように、人を見下ろして言うじゃない。
なんで、背を向けて、離れていきながら、そんな言葉を投げかけてくるの?
目を見て話されないことが、『お前はどうでもいい』と言われているように感じる。
力の限りに鞄を握りしめて、気がついたときには、それを新庄に向かって思い切り投げていた。
「いっ……て!」
「こっち見ろ馬鹿!」
後頭部に見事に当たった鞄に、頭を抑えながら振り返る。同時に力一杯叫んだ。
見られたくない顔をしてる。そんなのはよく分かってる。
自分の頬を伝う涙が溢れて止まらないことくらいは分かってる。
そんな顔を見られたくはないけれど、それ以上に……私の方を見てケンカして欲しいと思った。馬鹿にしててもいい。傷ついているのはこのさい認めてやろうじゃない。
それでも。
目を見て、私を見て、そんな私を馬鹿にして笑われる方がいい。
目を見てケンカふっかけて。そらしてしまうかもしれないけれど、それでも。背中を向けられるより、ずっとずっとマシだ。
少し離れた位置でも、新庄が目を見開いて私を見ているのが分かる。
泣くはず無かった。
こんなはずじゃなかった。
こんなことになるなんて思っても見なかった。
入れなかったのは新庄としたくないからじゃない。
私のことを好きでもない新庄とするのが……辛いからだ。
「くたばれ……」
ぐいっと涙を拭って、呟く。
きっとこの声は新庄には届かない。
そんなに近くに私たちはいない。