狂愛ゴング



と、今日の昼に思ったばかりだというのに。
なぜ、今、私の後ろにいるのだろうか……。

ぴりぴりとした空気を感じて、振り返れない……。

蛇に睨まれたカエルってこんな気分なのかしら。いや、実際今私が睨まれているのは背中なんだけど。

振り返ったら石にされるかもしれない。


「こっちむけば?」


声が……声が怖いんですけど。

こいつの声をまともに聞くのは初めてだけれど、この明るい声が奴の本心ではないということはなんとなくわかる。

多分、いや絶対、こいつの目は笑っていない。

頼むからこのまま私のことを置物だと思ってスルーしてくれませんかね。


「向けよ」


——はい。

一気に低くなった声に、間髪入れずにくるっと振り返った。
人間って、やばいと思ったときは考えるよりも体が先に動くものだ。

視界には新庄の長い脚。
そこからゆっくり視界を上げていくと、私を見下ろす視線とぶつかった。


やっぱり新庄に間違いない。わかってたけれども!

絶対に関わりを持ちたくないと思っていたというのに。話を聞いても、クラスメイトがこいつに泣かされても、無関心でいようと必死に頑張っていたっていうのに。


いや、まだなんとかなるはずだ。
今この瞬間をやり過ごせば、なんとかなるはずだ。


コンマ数秒の間にそんなことを考えて、自分に言い聞かせた。

“大丈夫だ、大丈夫だ”“私は、変わったのだ”“私は変わるんだ”と。


「え、と。プリントを、ですね」


しどろもどろにそう告げると、新庄は足元のプリントに気がついてひょいと拾い上げる。そして再び私の目の前に戻ってきて、しゃがんだ。
< 9 / 153 >

この作品をシェア

pagetop