初恋の向こう側
中森さんは、興奮気味に話し始めた。
「常連の小暮さんいるじゃない? あの小暮さんの奥さんが昨日、店に乗り込んできたんだよ。
凄い形相でね……っていうか、その奥さん、怒ってなくても元から迫力ある顔してるんだけど。それに、小暮さんが結婚してたことにも驚きでしょ? 僕もかなり驚いたんだけど……。
えっと、それからなんだっけ?………あっ そうそう!
店に入ってくるなり言ったんだ。 矢吹さんに向かって、
『この泥棒猫ーっ!』って」
「え」
哉子さんに、泥棒猫?
「それで、矢吹さんに飛びかかって髪の毛掴んで『うちの旦那返せー!』って。そのまま場外乱闘だよ。
店の前で取っ組み合いして、大騒ぎ」
あの哉子さんが、乱闘? 取っ組みあい?
っていうか……
「あの、”うちの旦那返せ”っていうのは……?」
恐る恐る尋ねると、中森さんはあっさりと答えた。
「矢吹さんと小暮さん、不倫してたみたいだよ」
は……なんだって?
ふ、不倫って言ったか、 今?
頭を何かで殴られたような衝撃、ってやつか、これは?
俺の反応なんて気にも留めず、中森さんは続けた。
「あまりの騒ぎに人だかりもできちゃうし、警察呼ぼうかなんて言ってた矢先に小暮さんが来たんだ。
どうするのかと思ったら、矢吹さんを抱きしめて奥さんに言ったんだ『すまない』って。
それで奥さんは泣き崩れちゃって」