初恋の向こう側
俺とヒロの前に、息を切らせ立った千尋。
「ごめんね待った?」
大きく息を吐いた千尋は顔を上げて微笑んだ。
きっと何処かで俺とヒロの事を見ていたんだ。咄嗟にそう悟った。
その時、雨水を跳ねながら入ってきた一台のバス。
俺達の帰路へ向かうそのバスが目の前に停車する。
握っていた傘にヒロが手を伸ばしてきた。
「じゃあね」
短く言って背中を向ける。
視線を逸らしたまま、俺の手からピンク色の傘を奪っていった。
そこへ、すかさず差し出されたのはオレンジ色の傘。
「佐伯君、背高いんだから持ってよ?」
背伸びをして傘を持つ千尋が笑いかけてくる。
「……」
躊躇してバスの乗車口に目を向けると、ちょうどヒロが乗り込むところだった。
「どうしたの? あたしが持ったんじゃ届かないよぉー」
音を立て、ドアが遮断される。
ヒロを乗せたバスが黒い排気ガスを吐きながら出ていった。