初恋の向こう側

そして、少しの沈黙の後で千尋が口を開いた。


「じゃあ、わたしも帰るね」

「え」


伺い見た千尋の顔は、もう笑ってなんていなくて。


「門限だから」


ただ一言そう言って


「八時だった?」


尋ねるとコクッと黙って頷いた。


「駅まで送ってくよ」


そう言った俺に千尋は「ごめんね」と消えそうな声で答えた。


雨の中を並んで歩く。


「わたし、佐伯君の話は聞かなくてもわかってるよ。
椎名さんは幼なじみで小学校まで一緒だった。中学は別々だったけど高校は偶然一緒で……それだけのこと。二人はただの幼なじみ。

佐伯君は優しいから、わたしに余計な心配かけないように『よく知らない』なんて言ったんだよね?」


いつもの千尋とは違う。そう感じた。


「わたしにも鈴井君っていう幼なじみがいるからわかるの。たまに勘違いされたりするんだよね、そういうんじゃないのに。
小学校の時に同じクラスになってね、皆が勝手にはやし立てて大変だったなー」


隣で話し続ける千尋。

平然としてるように見えて、どこか必死な感じが伝わってきた。

< 265 / 380 >

この作品をシェア

pagetop