初恋の向こう側
そして、少しの沈黙の後で千尋が口を開いた。
「じゃあ、わたしも帰るね」
「え」
伺い見た千尋の顔は、もう笑ってなんていなくて。
「門限だから」
ただ一言そう言って
「八時だった?」
尋ねるとコクッと黙って頷いた。
「駅まで送ってくよ」
そう言った俺に千尋は「ごめんね」と消えそうな声で答えた。
雨の中を並んで歩く。
「わたし、佐伯君の話は聞かなくてもわかってるよ。
椎名さんは幼なじみで小学校まで一緒だった。中学は別々だったけど高校は偶然一緒で……それだけのこと。二人はただの幼なじみ。
佐伯君は優しいから、わたしに余計な心配かけないように『よく知らない』なんて言ったんだよね?」
いつもの千尋とは違う。そう感じた。
「わたしにも鈴井君っていう幼なじみがいるからわかるの。たまに勘違いされたりするんだよね、そういうんじゃないのに。
小学校の時に同じクラスになってね、皆が勝手にはやし立てて大変だったなー」
隣で話し続ける千尋。
平然としてるように見えて、どこか必死な感じが伝わってきた。