初恋の向こう側

ホームで電車を待っていると、閉じた傘の先で地面を突きながら千尋が言った。


「わたしが前に観たいって言っていたあの映画、覚えてる?」

「うん。でも終わっちゃったな、あれ」

「いいの。友達と観てきたから」

「そっか」


千尋が行きたがっていたあの映画、タイトルはなんだったかな?

満員で入れなくて、カフェでオサと愛莉に会って。

あの日の、愛莉の言葉が頭に甦ってきていた。

『初恋の相手をずっと想い続けているのに、素直になれない二人は互いに違う人と付き合ったりして ”偽りの恋” を重ねるの。
好きなのに、まわり道ばかりして……』



「佐伯君? あの映画の結末を教えてあげる。

主人公の男の子とその初恋の相手は最後まで結ばれないんだよ。すれ違いを繰り返して周り道ばかりして……そのまま別々の道を歩むの。互いに違う相手と恋をして大人になって、そして別々の人と結婚するの。

でも、それで良かったんだっていう物語なんだよ?」


そこへ電車が滑り込むようにホームへと入ってきた。


千尋を見送った俺は思いだす。

サブタイトルが“偽りの恋”だった、あの映画。

そのタイトルは確か“初恋の向こう側”だったんだ、って。



 
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