初恋の向こう側

「わたし、卒業したらドイツへ留学することにしたの」

「ドイツ?」

「うん。
前は日本で音大を受験するつもりだったんだけど、いい話があって」

「それは凄いな」

「あっ、でもまだ正式に決定したわけじゃなくて。試験に合格しないと行けないから……」


そこで彼女は口ごもった。

ちょっとの間俯いて、そして顔を上げ意を決したように口を開いた千尋。


「だから明日からは今まで以上に忙しくなっちゃうの。

三日後には向こうへ発ってレッスン漬けだし、戻ったら発表会もあるし、この夏はとにかく時間がなくて……夏だけじゃなくてこれからずっと忙しくて。
わたし本気でピアニスト目指したいと思ってるから。だから、」


らしくない早口で一気に話してから、また口ごもり下を向く。


「千尋?」


小さな体が微かに震えてるように見えた。

名前を呼ぶと、ほんの軽くコクンと頷いたのがわかった。

< 283 / 380 >

この作品をシェア

pagetop