初恋の向こう側
「わたし、卒業したらドイツへ留学することにしたの」
「ドイツ?」
「うん。
前は日本で音大を受験するつもりだったんだけど、いい話があって」
「それは凄いな」
「あっ、でもまだ正式に決定したわけじゃなくて。試験に合格しないと行けないから……」
そこで彼女は口ごもった。
ちょっとの間俯いて、そして顔を上げ意を決したように口を開いた千尋。
「だから明日からは今まで以上に忙しくなっちゃうの。
三日後には向こうへ発ってレッスン漬けだし、戻ったら発表会もあるし、この夏はとにかく時間がなくて……夏だけじゃなくてこれからずっと忙しくて。
わたし本気でピアニスト目指したいと思ってるから。だから、」
らしくない早口で一気に話してから、また口ごもり下を向く。
「千尋?」
小さな体が微かに震えてるように見えた。
名前を呼ぶと、ほんの軽くコクンと頷いたのがわかった。