妖恋華
声が響き渡った。
その声は乙姫のものでも、ましてや目の前の男のものでもない。
乙姫と男は声のしたほうへ視線を向ける。
茂みの中から出てきたのは歳が同じくらいの一人の青年だった
「…鬼瀬(おにがせ)…」
青年が呟いたのを聞いて…実際には青年が姿を現した時からだが男が嫌そうな顔をした。
「…見回りか…?龍牙(りゅうが)…」
男は乙姫を離し青年に近づいて行った。乙姫はそれに安堵の息を静かに吐き出した。
「僕もいるよー!紅(こう)ちゃん」
青年の後ろからもう一人、金髪の可愛らしい男の子が姿を現した。
少年の出現により今まであった緊張感が緩んだように感じられる。
敵意を向け合う二人に比べ少年の態度は友好的であるからかもしれない。
「白咲(しろさき)も一緒か」
男は面倒臭そうに片手で髪を掻き上げながら溜め息を吐き出す。
今だになにがなんだか理解出来ない乙姫は男達のやり取りをただ見ていることしかできなかった。
名前を呼び合っていることからはお互いに顔見知りだということが窺える。
もしかしたら今が逃げれるチャンスなのかもしれない―――と思い三人の場所や動きを観察しながら徐々に彼ら距離をとる。
すると金髪の少年と目が合った。しまったと思い、乙姫の動きは止まった。それと同時に少年が残念そうな声色で男に向かって叫んだ。
「紅ちゃんも【神隠し】しちゃったのー!?」
少年から出た単語に乙姫は目を見開き【連続神隠し事件】のことが頭を過ぎった。
やはり自分は事件に巻き込まれたのだ――そう確信した。
彼らはお互いに睨み合っている。約一名は睨んでいないが…。
「紅ちゃんその子どうするの?」
少年が敵意などまったくなく寧ろ親しげに大きな声で聞くと一緒にいた青年は溜め息を吐き出す。
「頼むから少し黙っててくれ…」
青年は少年のほうへ困ったような切望するような視線を向けながら言った。
それが少年に聞こえたかは分からない。