妖恋華
「じゃ…俺は行かせてもらうわ…」
男が再び乙姫のほうへ歩を進める。
結局この状況の打開策など見つからなかった―――。
乙姫は男が近づいてきたことに身を震わすことしかできず、男が通り過ぎてくれることを固く瞳を閉じて強く願った。
しかしそんな願いも虚しく、男の足は乙姫の前で止まった。
“恐怖”その感情だけが乙姫の中を駆け巡る。
しかし、触れた男の手は予想に反し優しく、乙姫の腕を引き、乙姫の体を支えながら立たせた。
そんな行為に目を丸くさせる乙姫に男は“行くぞ”と一言言って連れて行こうと腕を掴んだまま青年らとは逆方向に歩きだした。
「あ、あの…!」
乙姫は手を振りほどこうと自分の腕を引くが男の力に敵うはずもなく引きずられるように連れられる。
そんな男の勝手な行動を許すはずがない青年は男を呼び止める。
「待て…鬼瀬…。その女をどうする気だ…?」
青年は戦闘体勢に入っている。
男は優雅にも微笑みながら振り返る。
「この女は俺が喚んだ。…だから、俺の物だ。お前には関係ない。」
それだけ告げると再び歩きだそうとする男に青年は尚も言い募る。
「お前も知っているだろ。【神隠し】は禁じられている」
「ご丁寧に腑抜け婆ァさんの言い付けを守ってんのか…?」
嘲笑にもにた笑みを浮かべ青年の瞳を睨み据える。
その態度にも言葉にも青年の怒りを逆なでするには十分だった。
「華紅夜様を愚弄するな!!」
青年は明らかに殺気立った眼で叫ぶ。
その瞳は藍色から微かに黄金に変わっていた。