妖恋華
乙姫は少年の手を掴んで立ち上がり、制服についた土をぱんぱん、と手で払い落とす
「僕は白咲 虎太郎」
同じくらいの目線の少年は綺麗な笑顔を見せ、自己紹介する。
「で、あそこで渋ーい顔をしてるのが青ちゃんだよ!」
にっこりと笑っている少年に比べ厳しい顔の青年
「自己紹介する意味無いだろ……というか俺の場合、自己紹介にすらなっていない。」
溜め息を吐きつつ青年は少年を半眼で睨んだ。しかしながら、少年はまったく気にすることなく口を閉ざすことはなかった。
「もう!青ちゃん怖い顔しないの!!」
妙な二人に呆気に取られていると、少年が乙姫に対して“君の名前は?”と覗き込むように聞いてきた。
いきなり至近距離に現れた綺麗な顔に慌てつつ、乙姫も自己紹介する
「わっ、私は神薙 乙姫です。」
ただ自分の名前を言った――
それだけなのに彼は驚いた表情をしながら、後ろに居る青年と顔を見合わせた。
青年もまた同じような顔をしてこちらを見つめている。
変なことは言っていないはず――なのに何故、彼らは自分を不思議そうに見ているのだろう――。
考えを巡らせたが当然分からず“あの?”と彼らに一歩近づいたときだった―――。
「…っ……!……血の臭いが充満している…。とりあえず森を出たほうがいい。」
突然、青年の顔が苦痛に似たものに彩られたが、次の瞬間には青年は何事もなく踵を返し、茂みの中へ入って行った。
それにもう一人の少年は“待ってよー”と軽快に言いながら乙姫の手を引いた。