妖恋華
深い森を抜けた。
そこで乙姫を待っていたのは大きくそびえ立つ赤塗りの鳥居と広く拡がる建物。
よく見ると鳥居に【神薙神社】と書かれてていた。
【神薙】…自分の姓と同じ。だが、関係があるとは思えなかった。
なぜなら、自分が【神名火村】という地名を知ったのも、足を踏み入れたのも今日が初めてだからだ。
しばらくの間、鳥居を見上げていたが“華紅夜様。”という青年の声がして視線を青年に移す。
彼は年老いた着物の女性と何やら話をしていた。
ふと、女性が乙姫に目を向けた。
いきなり視線を向けられたことに乙姫の心臓がびくっと跳ねた。
女性は信じられないものを見たかのように目を見開き、何かを呟いた。しかし、乙姫には聞き取ることができなかった。
向けられる視線に居心地が悪くなり、今だに手を繋いでいる少年にどうしようか視線で訴える。しかし、少年は笑顔で返すだけで乙姫は眉尻を下げた。
「虎太郎。」
凛とした女性の声が響く。
名を呼ばれた少年もまた、凛とした緊張感のある声で返事した。
「その娘(こ)は…?」
乙姫に視線を向けながら少年に問う。
「乙姫ちゃんです。」
にっこりと笑顔で答えるが、それは答えになっているようでなっていない。
呆れ顔になった青年が溜め息をひとつ吐き、すぐに凛とした顔に戻り冷静に言葉を紡ぐ。
「【神隠し】によりこの村に連れて来られた娘(むすめ)です。。」
「そう…。また……」
女性は困り顔で顳(こめかみ)を押さえ、溜め息を吐きながら呟いた。
“また”という単語に引っ掛かりながらも、乙姫は既に【神隠し】という単語には驚きを見せなくなっていた。
さらに青年は“ですが…”と言い足すが目線を逸らし、言葉を止めてしまった。
「乙姫ちゃんの苗字が【神薙】なんです。」
話が進まないと思ったのか虎太郎が核心に触れた。