妖恋華
終わりの一時
閑散とした山奥にある村【神名火村(かんなびむら)】
一見寂れたその村のなかで何坪にもわたる大きな屋敷が構えている場所があった
月明かりだけが差し込む暗い一室に厳格そうな老人の男性が一人と鋭いの瞳が印象的な青年が一人
「戒斗、【花嫁】は決まったか?」
男が問い掛けると青年は男のほうに視線だけ向け吐き捨てるように言った
「俺は【花嫁】はいらない」
青年の名前は摎 戒斗(しばり かいと)
この【神名火村】に古くからある摎一族の次期頭首である
彼の返答が気に喰わないのか老人は眉間に皺をよせた
青年はそんな祖父の態度にも興味が無くただ静かに月を眺めていた
「神薙(かんなぎ)の娘がいれば…」
老人の呟きには些かの怒気が込められている
「神薙など興味ない」
無感情とも言えるその声色からは青年が本当に興味がないことが窺える
「戒斗…何故、荒神に抗う…?」
老人の言葉がよほど癇に障ったのだろう
彼は老人を殺気立った眼で睨みつける
直後、老人から数歩離れたところにある壺が盛大な音を立てて砕け散る
「…消えろ」
冷たく低音の声は怒りを押さえ付けたため微かに掠れている
さきほどまで、どこか静けさのある紫色だった瞳が今はまるで青年の心を映し出しすかのように真紅色の瞳へと変わっていた
その瞳に気圧され老人の背中に冷たいものが滑り落ちる
「お前がどんなに抗おうと、荒神の血には逆らえん……特に、お前は…な」
老人は微かな恐れを悟らぬように口を開きながら部屋を後にした
青年はその様子に背を向け、漆黒の空に浮んだ妖しく輝く月をただ静かに眺めていた
その瞳はどこか悲しみに似た孤独な光を宿していた