妖恋華


「乙姫、いいかしら。」

背後から声をかけられた。
その声は年を重ねた静かな声音だった。

「あ…おはようございます…華紅夜さん」


普通の家庭なら“おばあちゃん”とでも呼ぶのだろうが、やはり昨日初めて顔を合わせた相手をそう呼ぶのは憚られる。

なので彼女の前でも“華紅夜さん”と呼ぶことにした。

華紅夜は微笑を浮かべ、“おはよう”と返した。
そして姿勢を正した青に対しても声を掛けた。それに彼が丁寧に返事を返しているのを見て、乙姫は改めて彼の自分に対する感情が良くないものであると感じた。


「乙姫、話があるの…」

「は、はい」


場を移そうと華紅夜は踵をかえした。進む先には先程、華紅夜が出て来た部屋のみ―――彼女の私室だ。

乙姫は一抹の不安を抱えながらも華紅夜の後を追うことしかできなかった。


華紅夜の部屋は一階の一番奥にあり、静かな場所である。
室内は乙姫の部屋と同じく和の造りになっている。と言うよりもこの家自体が和の造りなのだろう。

家具はあまりなく、大きなものだと机と箪笥ぐらいだ。
その机を挟んで二枚の座布団があり華紅夜は乙姫をそこへ促す。

あまり気は進まないが乙姫は座布団に腰をおろした。華紅夜は部屋の奥にある箪笥の前で立ち止まった。
その行動に少なからず、疑問を抱きながら黙視していた乙姫は、彼女が箪笥の中から何かを取り出したのを視界に捕らえた。

目的を果たしたのか華紅夜もゆっくりとした動作でもう一枚の座布団に腰をおろした。

一連の動作を黙って見ていた乙姫の前に華紅夜はあるものを差し出した。




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