妖恋華
あの日は雨が降っていた―――。
その雨の中、織姫と乙姫の父である神亮、そしてまだ幼い乙姫は森を歩いていた。
華紅夜は三人の前に立ちはだかり、織姫を見据える。
それに対抗するように織姫は一歩、足を踏み出し、神亮は乙姫を護るように抱き抱えた。
「村を捨てる気なの……?」
華紅夜が静かに問い掛けた言葉。
織姫は眉根を寄せて“違う”ときわめて冷静に否定する。しかし、そんな言葉で納得できるはずもなく、華紅夜は鋭い視線で三人を射抜ながら距離を詰めていく。
「あなたは神薙の巫女でしょう。ならば、“花嫁”となり村を護りなさい。」
厳しい物言いで攻めるが織姫の意志は強いらしく、引く気はないようだ。
「私はこんな因習を認めない…!“花嫁”なんて…もう止めて。」
距離を詰められながらも気丈に言い放つ様は彼女が強い女性であることを表している。
「あなたは生まれながら霊力が弱かった。だから“紅の花嫁”となるのは当然なの」
「私は死ねない。それに今の摎の頭首なら平気よ。」
相反する二人――神亮はただ黙って織姫を見つめた。
幼いながらに乙姫は異常な空気を感じ取ったのか目に涙を浮かばせた。