妖恋華
そんな乙姫を華紅夜は視界に捕らえ“ならば…”と言葉をつむいだ。
「その娘(こ)を村に置いて行きなさい。」
出された条件に織姫だけでなく神亮も目を見開く。何故、という表情を二人は浮かべ華紅夜を見つめる。
その二人に視線を向け、華紅夜は至極冷たい声で言い放つ。
「現頭首が平気でも次代の頭首が居るでしょう…?」
つまりは乙姫を次代の摎頭首の“花嫁”とするということか――
華紅夜の考えを読み取った織姫は華紅夜に背を向けた。
その行為の意図が読めず珍しく華紅夜は疑問符を浮かべた。
「結界を一時的に解きます。確かに私は霊力が低い……でも」
“二人なら”と決意を込めた瞳で神亮を見つめる。その強い意思が宿る瞳を受け彼は深く頷いた。
「待ちなさい!荒神はどうする気なの…!?」
結界の前に手を重ねて翳す二人の背に、怒りにも焦りにも似た華紅夜の声が響く。
「いつか…乙姫は本当の“巫”になる。その時が来たとき…私達はこの村に帰ってきます。約束します。」
織姫が告げたそれらの言葉が異様にはっきりと聞こえた気がした。
雨の音もいつの間にかゴロゴロと音を起ていた。雷の音さえも、その時だけは静寂に呑まれてしまったような錯覚を覚えた。
そうして何も出来ぬまま、去り行く三人の姿を華紅夜は見つめることしかできなかった。