妖恋華
そんな、脳裏に浮かんだ過去――。
その出来事全てを今目の前にいる乙姫に話すわけにはいかなかった。
全てを話せば都合が悪くなることが沢山ある―――。
簡潔に、そして納得してもらうために華紅夜は言葉を選びながら口を開いた。
「織姫はあなたが成長した際この村へ帰って来ると約束したの。」
嘘ではない。帰って来ると織姫は口にしたのだから。
乙姫は戸惑いつつも浮かんだ疑問を華紅夜に問う。
「何のために…ですか?」
「あなたを“花嫁”にするため。」
「……お母さん…が?」
「ええ。」
織姫が自分を“花嫁”に?あの優しい彼女が何かを強制するような真似をするだろうか――何かが引っ掛かる。
それが嘘なのか見抜く力は乙姫にはなく困惑した。
何もかもが分からない――。
いつしか鈍い頭痛を覚え始めていた。
ズキンズキンと痛む頭の中でただ、もう帰れないんだ、と確信した。
「私は…花嫁にはなりません。」
自分には理解できないことが多い―――容易に頷くことはできない。
「今はそれでも構わないわ……。」
意外にも華紅夜は引いた。
それに、軽く驚き、華紅夜を見た。
しかし、華紅夜に諦めの色を窺うことはできなかった。恐らく、文字通り“今は”ということなのだろう。
だが、今の乙姫にはそれで十分だった。一時的にでも時間があれば幾つかの対策案が浮かぶかもしれない―――。
とりあえず、話に決着がついたところで乙姫は部屋をあとにする。
その直後に青が朝食を持って現れたのだった。