妖恋華
歩く森の中は静寂――そのものだった
乙姫は先程から感じる何かに恐怖を覚え始めていた
しかし、あの叫び声はただごとではなかった。
何かあったはずだ――――放っておくことなど出来るはずもない。
何故か乙姫の足は迷うことなく、進められていた
何処で起こったのを知っているかのように――――まっすぐに
しばらくすると、話し声のようなものが聞こえてきた
「お…ま…の……ちを……」
「い……や………!!」
よく聞き取れないが何かを言い合っているようだ
―――パキ
一歩、足を進めたとき下に落ちていた 小枝を踏んだ
この静寂な森には枝が折れる小さな音でさえもよく響いた
しまった、と思ったときにはもう遅い
「ぐけけ…!新しい、獲物が来た!!」
それは、下品な笑みを浮かべながらこちらを面白そうに見た
緑の身体、その背中から生える、コウモリのような羽に口の端から飛び出る牙―――ぎょろりと動く大きな赤い目
その姿はまさに――――“妖怪”
その言葉がぴったりだった
初めて見る異質な存在に全身が震えた
この寒気は冬だからとか、そんなものではない―――明らかな恐怖
乙姫の目はそれから逸らせずにいる
「あなた……」
妖でも、自分でもない第三者の呟きに現実に引き戻される
そこにいたのは自分とそう変わらない歳のショートカットの少女
「あ…」
言葉も震えて上手く発せない
何のためにここに来たんだ――しっかりしろ、と自分を叱咤し足をその少女の元へ運ぶ
「この力の強さ……お前が帰ってきた神薙の巫女か」
何故か嬉しそうに呟く“それ”
「お前を喰えば―――!!」
妖は羽をバサリと鳴らせて勢いよくこちらへ向かってきた
鋭い長い爪に縁取られた手が乙姫を目掛けて伸ばされる
思わず、その場に座り込む
最悪を想像しながら瞬間的に目を閉じる―――――
しかし、恐れていた痛みはいっこうにやって来ない
徐々に瞼を開いてゆくとそこには―――