妖恋華
残された乙姫は台所に足を運んだ
「せ、青…!」
名前を呼ぶのにこれ程までに勇気が必要だったことがあっただろうか
内心、死ぬ程不安だ――怒られたらどうしようとか…
しかし、予想に反し“どうした?”と彼は普通に反応し、拍子抜けしてしまった
目を丸くする乙姫を青は疑問符を浮かべて見つめた
「…いや、あの…手伝うことはない、で、しょうか…」
意気込んだ分しどろもどろになりながら言葉を繋ぐ
「……何もない」
ああ、その反応は今朝と変わらず…―――
知らぬ間に淡い期待をしていたのか、微かに残念な気持ちが胸に広がった
「き、今日のご飯は何かなぁ?」
今日の私は前向き思考なんだ、と乙姫は言葉をつむぐ
「はあ…。お前はどうしても何かしたいんだな」
呆れたような視線を向けられるが、それに負の感情は見えない
「うん…!」
ついつい元気よく返事してしまった
そんな乙姫を見て青はフッと笑みを浮かべた
初めて笑顔を見た気がする――いや事実、ここに来てからは睨まれることしかなかったからな、と昨日からのことを思い返す
しかし、何故いきなりこんなに柔らかくなったんだろうか、という疑問もあったものの、“まあ、いいか”と適当に納得し台所の中に歩を進めた
「何かある?」
「…味噌汁は任せる」
「了解です!」