妖恋華
部屋の戸締まりを確認して玄関に向かう。
「行ってきます」
誰もいないと分かっていながらもこの言葉だけはいつも忘れない。
玄関の戸締まりをしてふと思い出す―――。
「今日、日直だ」
一ヶ月に一回のペースでやって来るこの日。
仕事は簡単だがこの時間に家を出ていたら間に合わない。
やばいと思い、乙姫はマンションの階段を駆け降りる。
エレベーターもあるが今は故障中で使えないため階段を使うほかなかった。
いつもの通学路じゃ絶対に間に合わない―――。
そう判断し乙姫はいつも通る道から外れ、人通りが少なく、入り組んだ道へと入った。
確かこの道を抜けたら学校のすぐ横に出たはず―――
しかし、学校に近づくどころか遠退いているような気がしてならかった。
嫌な予感しかしないこの道に、日直なんてどうでもいいから今からでも戻りたい衝動に駆られた。
動かしていた足が徐々に遅くなり終には完全に止め踵を返した。
いや、実際は叶わなかった――
乙姫が踵を返そうとしたとき、まるで吸い込まれるように後ろに引っ張られ前に進むことは許されなかったのだ。
「…っ」
目の前も意識も闇に呑まれ、はっきりとした言葉は発せなかった
乙姫の平凡な世界での記憶はここまでだった