妖恋華
先程鐘が鳴った。
それからは乙姫は紅夜の後をただついていく
信用ならない相手であることには間違いない。
しかし、青は自分を残していった。
別に守って貰おうとかではないが、彼がわざわざ危険な人物に会わし、さらには一緒にさせるとは思えない
目の前の男を信じるのではない。彼を――青を信じるのだ。
そう言い聞かし乙姫は距離を保ちながら後を歩く
階段を何回か上った後、紅夜が振り返った
「神薙さんのクラスは2年A組―――って、なんでそんな離れてんだ?」
乙姫との距離に思わず口調が学校でのそれとは違い、素に戻る
そんなことには気も留めず、乙姫は“信用していませんから”と間髪入れず答える
その瞳は文字通り疑念の色を克明に映している
紅夜は“はあ…”とため息をつくと乙姫の元へ近づく。それに身構える乙姫だが、恐れていたことは何もなく、ただ額を小突かれただけだった。
思わず呆気に取られる乙姫に紅夜は言葉を紡ぐ
「ばーか。俺は低級妖怪と違って、むやみやたら血肉を求めたりしねーよ」
血肉を求めること自体は否定しないところが気になるが、確かにあの時遭遇した妖とは違う雰囲気だ
乙姫は僅かに肩の力を抜く。本当に僅かだが…。
「それと、巫女様の忠犬も同じクラスだからな。大丈夫だろうよ」
「青のことですか?その忠犬て呼び方、やめて下さい」
先程から気になっていたことを指摘すると、紅夜は一瞬だけ目を丸くし、そしておもしろそうに目を細めた
「名前を呼ばれることを赦されたのか」
「許された、というより勝手に呼んでるんです…」
少しでも距離が縮めばいいと思い、呼び始めた名前だ
本人には何も言われないため今もそう呼んでいるのだが、許しを請わなくてはいけないことなのだろうか