妖恋華
はっきりとしない思考の中でも聴覚ははっきりと音を捕らえる
捕らえられた音は風の音と鳥の鳴き声。
都会の街では感じられない静けさを感じる。
ここは私のいた所じゃないんだなと直感した。
閉じた瞼が上がらない―――。
何故か酷い疲労感が襲ってきた。
でも不思議とこのままでもいいかも知れないと思った。
風が木々を揺らす音が気持ちいいからかもしれない。
「まあまあ…だな」
自然の音に混じって男の声が響いた。
さっきまであった疲労感が嘘のように消えて背筋が凍り、重かった瞼をぱっと開いた。
視界に広がったのは沢山の緑と広い青空。
やっぱり私のいた場所じゃないと頭の片隅で冷静に確信し上体を起こす。
「お目覚めか…?」
声のする後ろを振り返ると木にもたれ掛かった一人の男がいた。シャツを着崩してネクタイは完全に緩んでいる。歳は20代くらいだろうか――
その男が乙姫の元へと近づいて来た。
男は隣にしゃがみ乙姫の顎を掴んだ。そして顔をまじまじと観察するように見た。
「顔は一般で言う中の上か上の下あたりか…?」
溜め息を吐きながらそんなことを呟く男は乙姫の瞳を捕らえた。
赤い髪から覗く金の瞳は人間離れしている。
恐怖を感じ、体を後ろに引こうと手をついたとき手の平に激痛が走った。
「っ…!」
手を見ると手の平が赤く染まっていた。
どうやら、落ちていた木の枝で切ってしまったようだった。
傷は大きくないが深いらしい。手の平から流れる鮮血が手の甲を伝い、滴り落ちる
それを見た男の顔の色が変わった。
眼は虚ろでただ一点を、流れ落ちる血を見つめていた。
それに薄ら寒さを感じながらも動けないでいた。
「甘い臭いだ…」