観念世界
「一気飲み禁止ってこともあるから一気飲み以外で盛り上げたほうがいっかぁ……」
「いや、だから、別に俺は盛り上げるよりつつがなく……」
「よし、かくし芸しよう、かくし芸。ベタだけど笑える腹芸やろう!」
「は、腹芸?」

 また突拍子もないものが出てきた。

「そう、腹芸。前もって書いとけばとっさに何かやれ、って言われたときもすぐできるし」

 そう言ってその辺をふらふらと何かを探しながら飛び始める。

 俺は、そういうのいいから、とか、盛り上げるのは他の人に任せるから、とか言いたい事はたくさんある筈なのに、一言も何も言わず、動き回る妖精に見とれていた。

「えーと、マジックペンがこの辺に……」

 頭を掻きながらうろうろと飛ぶ妖精。俺のためにお節介をやく妖精。何か……たぶんだけど……こんな彼女が居たら俺すげぇ幸せなんだろうなぁ……。彼女欲しいとか思うことそんなにないけど、こんな彼女なら可愛いかも……。

 時間にしてほんの数秒、俺は黄色いトレーナを着て髪を結いあげたおっちょこちょいの女の子と付き合っている妄想を繰り広げたが、

「あった!はい!書くよ!」

 妖精のデカい声で現実に戻される。黄色いトレーナーの女の子は泡と消え、目の前にいるのは油性のマジックペンを持った熱い妖精だ。

「はい書くよ、って何も今から書かなくても……」
 自分より小さい相手に本気でたじろぐ俺。
「お前、油性ってなかなか落ちないのをご存知でいらっしゃらないのか」
 日本語も壊滅的だ。

「何言ってんの。予習予習」
 妖精は躊躇なく俺のシャツをまくりあげ、絶妙なタッチでペンを動かす。
 つまり、くすぐったい。

「あははははは!やめ!ちょ!くすぐった!ひょひょ!」
「ちょっと動かないでよ!腹芸の次は寒くないオヤジギャグの練習だからね。えーとあとは…」

 ペンを動かし終えた妖精が俺の襟元から現れる。俺と目が合ったその顔は心からこの事態を楽しんでいる表情が浮かんでいた。
 俺は全身全霊で疲労の色を浮かべたが、その笑顔に敵うことはなかった。

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