観念世界
それから一週間。
特訓と称した腹芸のメイク、腰の動き、寒くないオヤジギャグ、なぜか早口言葉など、傍から見ればコントだが本人達からしたら血の滲むような地獄の特訓が日夜行われた。
そして宴会当日、特訓の成果を出し切った俺はみんなから「普段は地味な宴会キング」の称号を見事貰い受ける事となった。
これは妖精に報告せねばと早足に家路を行き、思いついて途中の花屋でちょっといい肥料を買った。自分にはビールを買った。妖精と飲み直しだ。
歩きながら考える。妖精は何て言うだろうか。宴会キングなんてあいつの好きそうな響きじゃないか。「やったー!」って手を上げて喜ぶだろうか。「あったりまえでしょ?あたしの指導の賜物と、これからもたゆまず精進なさい」なんて、生意気な事を言い出すかも知れない。そうしたらこの肥料はやらん。なんて。
家に着き、ただいまと声をかける。靴を脱ぎ部屋の明かりをつけるとあいつの姿はなくなっていた。驚かせようと隠れているのかとも思ったが気配が全くない。逃げた?いや、逃げる理由がない。それに花の近くからは動けないはずだ。
思いついて机の上に置かれた整理ラックから妖精の種の袋を取り出し、裏面の注意書きを読む。妖精は花が散る頃には消えてしまいます、と表記されていた。
花に近づく。すっくりと気丈に立つヒマワリの鉢の置かれた床を見下ろすと、花弁が一枚落ちていた。背中を丸めて落ちた花弁に触れる。あいつの羽根の色だ、と思う。この黄色がこの夏、俺に明るい差し色を提供し続けてきたんだ。
その花弁を拾ってゴミ箱に捨てる気にもならず、しばらくの間花弁はそのまま床に落ちていた。掃除する気にもならなかったのでその辺りをうっすらと埃が覆ったまま、ゆるゆると季節は移ろい行き、特に目新しい事もなく次の年が訪れた。