ゾンビがくるりと輪を描いた
「そうよ、それが良いわ」

ざわりと木々が震えた、そして、

「…マリア、マリアー」

と、遠くから母親と思しき声が聞こえた。
彼は少女との別れの時が来た事を悟って、にっこり微笑みながら少女に話した。

「じゃぁ、お譲ちゃん、また何時かね」

少女は、不満そうな表情で「お譲ちゃんじゃぁ無いわ、お譲さんよ!」と笑顔で言うと彼の前に右手人差し指を差し出し器用に左右に振りながら、ちっちっちっと舌打ちして見せた。こしゃまっくれた少女がやると、割と可愛い仕草である。

彼は小女の母から身を隠す様に茂みにごそごそと潜り込んでいった。そして完全に隠れた頃、少女の母親と思しき女性が犬を引きながら少女の前に現れた。

「もう、マリアったら、心配させないで」

そう言いながら少女に近寄る女性を見て彼はどきりとした。とまった心臓が再び動き出しそうな衝撃に彼はひたすら狼狽した。

現れた女性は、彼が生前慕ったバーの歌手だったからだ。

だがしかし、彼の思いが高鳴ったのはほんの一瞬で、熱い思いは急激に凋んで行った。なぜか?それは彼女の激変……華奢だった彼女のシルエットは逞しい母の風体を見せ、何物も近づきがたいオーラを纏っていた……あの、優しく可愛らしかった彼女の面影は完全に姿を消しどすこいな彼女の風体彼は別の意味で狼狽した。

彼女は少女の手を引くと無理矢理にその場を立ち去ろうとした。手を引かれ引きずられる様にその場を後にしようとしている少女は彼の隠れる茂みの方に向かって大きくVサインを出して見せた。彼は、それを見て右手親指と人差し指をくっつけて丸サインを出して答えた。

彼は神様に少し感謝した。全てはこの時の為に準備された事柄だったのでだと悟った時、思いは吹っ切れ魂は無事に天国に召される事となったのであった。肉体を魂が離れる時
春の息吹が萌えるのを感じた。


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