ラスト・ラン 〜僕らの光〜
放課後、帰宅する生徒が目立つ中で斗真は保健室に向かった。

扉を開けると、白衣を纏った保健医の江原良子先生がマグカップにコーヒーを入れているところだった。


「三浦君。ちょうどいいところに来たね。コーヒー飲んでく?」


振り返った笑顔に斗真は頷いて、外のグラウンドを見渡せる窓際の丸椅子に腰掛けた。

ピッと笛の合図と共に、陸上部員がそれぞれ走り出している。

その中に前田隼平の姿もあった。


「三浦君は陸上部に入らないの?」

「えっ?」振り返ると、江原先生が二つのマグカップを持って微笑んでいる。

斗真は青色の片方を受け取った。


「前田君が言ってたよ。絶対三浦君には陸上部で走ってもらうって。毎日のように勧誘されてるんだってね」


ふと、前田と初めて会話を交わした時のことを思い出した。

斗真が早朝グラウンドで走るようになったのは高一の冬からで、その直後に前田から声がかかった。


──三組の三浦だよな?俺は二組の前田隼平。良かったら陸上部に入らないか?


顔はなんとなく知っていたが、想像していたよりやけに馴れ馴れしい奴だった。

人懐っこい。まるで子犬だなと思ったのが第一印象だ。


──お前なら陸上部の星に絶対なれるよ。


あの時、恥ずかし気もなく"陸上部の星"と口にする前田が眩しく感じたのは決して太陽のせいではなかった。

まるで幼い少年のように屈託のない笑顔が純粋で憎めない。斗真は返す言葉なく、ただ彼を無視することでしかできなかった。

あれから半年が立つが、どんなに冷たくあしらっても前田は諦めようとしなかった。

引き下がるどころか日々エスカレートするばかりだ。

斗真はため息を一つ吐いてから、コーヒーを口にした。


「もう断るのも疲れた」


ふっ、と江原先生が小さく笑って自分の席へとついた。
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